本人と周囲の受け止め方
自分がセクマイだと認識した時
自分がセクシャルマイノリティーだと気づく瞬間って、きっかけがあって突然ハッとすることもあれば、じわじわ感じていたことが自分の中で確信に変わっていくこともあると思います。
私の場合は、ノンバイナリーなんて存在は概念になかったので、自分がバイセクシャルとは別にして100%女性でないと感じた時、「本当は男なのかも」と考えました。
でも、なんかしっくりこなかったんですよね。
女性として見られることに抵抗はあるけど、男性かと言ったらそういうわけでもない気がする。でもそんなのおかしい。限りなく男に近い気持ちだが、FTMではないような気がする。私は何なんだ?と自分への葛藤の日々を過ごしました。
当時、「別にどっちつかずでもいいんだよ」と言ってもらえたらどんなに気持ちが楽だったか。
『普通と違う自分』を受け入れるには、『人に説明できる単語』が必要でした。でも、当時の私にはその辞書が無かったので身動きが取れなかったのです。受け入れることも、前に進むこともできませんでした。
セクシャルマイノリティーが自分をそれだと認識した時、自分が「普通とは違う」事より、「本当の自分が表に出せない」という現実に傷付きます。
当然、世界は外側の自分でしか見てくれない。髪型や服装を変えただけで解決できる問題ではない。
本当の自分に気づいた瞬間、『喜び』と『絶望』が同時に襲ってくる人が多いのです。
身近な人たちへのカミングアウト
カミングアウトするのは、その人に本当の自分を知って欲しいからです。
セクシャルマイノリティーに理解のある人であったとしても、実際カミングアウトされたら少なからず「あらっ」となるのではないでしょうか。ネガティブにではなく、「じゃあ、接し方を変える必要が?」と頭をよぎるのではないかと。
でも、接し方を変えて欲しくてカミングアウトしているのかどうかはっきり確認してあげて欲しいです。
ただ、本当の自分を知っていて欲しい。今後は本当の自分で生きていくから、分かっていて欲しい。という場合もあれば、今後は女性/男性として扱って欲しいナ、という希望を込めたカミングアウトの場合もあります。
本人がなぜ勇気を振り絞ってカミングアウトしたのか、そこに寄り添ってあげて欲しいのです。
セクシャルマイノリティーへ否定的な考えを持つ人たちがいます。
自分が知らない事、経験したことがない事、想像の範疇を超えている事に対してネガティブな感情を持ってしまうのは人間としてよくある事です。
ましてや自分の身体と心の性別が違いますとか、同性愛ですとか、当人以外は人生で経験のしようもない事に関して「分かるよね?」とぐいぐい行くつもりはありません。
どう受け止めるかは人によって違います。理解するのにどれくらい時間がかかるかも、人によって大きな差があります。
でも、最初は受け入れられなくても、その現実が本当にあるという事は分かっていただきたいです。
だって、自分のことは自分でしか分からないのだから。その人が「自分はこうです」と言う事を否定することは他人にはできないはずです。
全ての人が、楽しく生きる権利がある。
生理的に受け入れられないと感じてしまっても、「なぜそう感じるのか?」を冷静に考えて、どう接することがお互いにとって一番良いのかを何度でも確認しあって欲しいです。
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